ダイアロジックリーディング高学年向けの絵本紹介

賢い子に育てる「最高の読み聞かせ~上級編~」でご紹介した小学校高学年~中学生向けの絵本の読み聞かせ(ダイアロジックリーディング)について、感性を磨く上で良いものを2冊、ご紹介いたします。

西アフリカを舞台にした絵本で、少年ヤクーバとライオンの出会いを通して、勇気や友情、真の強さとは何かを問いかける物語です。フランスの作家ティエリー・デデューによる作品で、日本語版は柳田邦男によって翻訳されました。

以下、あらすじ
物語の主人公ヤクーバは、村の若者として一人前の戦士になることを期待されていた。そのための通過儀礼として、彼は槍を手にし、一人で森へと向かう。そこで彼に課せられた試練は、野生のライオンを仕留めることだった。ライオンを倒すことができれば、ヤクーバは正式に戦士として認められる。しかし、もし失敗すれば、村の者たちから未熟者とみなされることになる。

ヤクーバが森の奥へ進むと、一匹のライオンが横たわっているのを見つけた。そのライオンは、以前は誇り高き王者であったが、戦いで深い傷を負い、弱り果てていた。ヤクーバは槍を構え、ライオンにとどめを刺そうとする。しかし、その瞬間、ライオンは静かに問いかける。「本当にお前は戦士なのか?」

ヤクーバは迷いながらも、ライオンと対話を続ける。ライオンはさらに言う。「お前が本当の勇者ならば、傷ついた敵を倒すことが正しいことなのか、よく考えるがよい。」その言葉に、ヤクーバは自問する。村の掟では、戦士になるためにはライオンを倒さねばならない。しかし、今目の前にいるのは、もはや戦う力もないライオンだった。

やがてヤクーバは槍を下ろし、ライオンを殺さないことを選ぶ。それは、自らの信念に基づく決断だった。しかし、村に戻ったヤクーバは、戦士として認められなかった。村人たちは彼を臆病者だと非難し、仲間として受け入れなかったのだ。

失意のヤクーバだったが、やがて彼は新たな道を歩み始める。戦士にはならなかったものの、ライオンとの出会いを通じて、彼は本当の強さとは何かを学んだ。やがて彼はライオンと特別な友情を築き、互いに敬意を抱きながら生きていくことを選ぶ。

本作は、単なる勇敢さや力の強さだけが「戦士」の証ではないことを教えてくれます。この物語で示されることは、正しいことを貫く強さと、相手の立場に立って考える勇気の持つ重みです。そして、戦争と平和、暴力、命、気高さ、地位、名誉とは何かという深いテーマにいざなってくれます。2巻まで出ていますが、1巻で完結しており、気になったら2巻も読んでみるとよいでしょう。

林木林の作で、この物語に人間は一人も出てきません。みな、動物です。そして1ページ目はこの言葉ではじめられています。

「これが全て作り話だと言い切れるだろうか」

以下あらすじ

ある国に、美しく聡明な女王が統治する平和な国があった。この国では誰もが穏やかに暮らし、争いごととは無縁の日々を送っていた。しかしある日、突如として「悪者」と呼ばれる者が現れ、国の人々に恐れられるようになる。

この「悪者」は、人々にとって未知の存在だった。彼は何を考え、何をしようとしているのか、誰にもわからない。だが、それゆえに人々は恐怖し、「悪者」はますます危険な存在として扱われるようになった。やがて、人々は団結し、「悪者」を捕らえ、国から追放することを決める。そして「悪者」がいなくなると、人々は安堵し、再び平穏な暮らしを取り戻したかのように思えた。

しかし、それからしばらくして、国の人々は気づく。「悪者」がいなくなったはずなのに、まだ何かが足りない、まだ不安が残っている。そんな中、今度は「二番目の悪者」が現れた、と誰かが言い出す。最初の「悪者」がいなくなった後も、なお続く漠然とした不安が、新たな「悪者」を生み出したのだった。

そして、人々はまた結束し、今度は「二番目の悪者」を排除しようとする。この繰り返しの中で、彼らは本当に「悪者」が存在するのか、あるいは自分たちの心の中に恐れがあるからこそ、新たな「悪者」を作り出してしまうのではないか、という問いが浮かび上がる。

この物語は、集団心理や排除の構造、そして「悪」とは何かというテーマを鋭く描き出しています。誰かを「悪者」と決めつけることで安心しようとする動物たちの姿は、現実の人間社会におけるさまざまな出来事とも重なり、深い示唆を与えます。私たちが「悪」とは何かを考えさせられる寓話的な物語であり、読後に深い余韻を残す一冊です。