灘高校とは

1927年、柔道の開祖である嘉納治五郎を顧問として設立されました。
2007年から併設型の中学校・高等学校として中高一貫教育を行う学校です。校風は、とても自由の一言。「精力善用」「自他共栄」の校是により、「自らの力を最大限に有効利用せよ」「自分の周りには支えてくれる人がたくさんいることを知り、自分が立派に成長することでその人たちに恩返しせよ」という訓えをしいている学校になります。

もはや伝説となった故・橋本武先生という国語科教師がおり、「銀の匙」という小説を3年間かけて学ぶという授業をされておりました。作品中に凧揚げのシーンが出てくれば、生徒全員で外に出て凧揚げをしたり、飴をなめるシーンがあれば実際になめてみたり、文章と体験を結びつける授業が生徒の学ぶ意欲を高め、意欲だけでなく成績もとても上がったそうです。
体験をもとに自分で考える授業と受験学習のバランスがとても優れた授業をされていたそうです。
現在でも「体験」を重視した学習理念は後輩教師に脈々と受け継がれています。

2024年度入試問題分析

年度募集人員受験者数合格者数合格最低点
20244016066247/400
20234015465247/400
20224012565238/400

●論説文・随筆文分析

では、入試問題について分析していきましょう。

2024年度論説文は谷川嘉浩「スマホ時代の哲学」からの出典でした。スマートフォンの登場が人間生活や行動様式、感じ方や捉え方までにも影響を及ぼし、変えてしまう、という話です。

技術によって完成のあり方までもが左右されるという現実に対して、私たちは原理的な問い、「本当に重要なものとは何か」に立ち返っていく。そうして、常時接続の世界で失われたものは「孤立」と「孤独」であるとの結論に至ります。テーマは哲学的なエッセンスを含んでいますが、文章自体は学校偏差値と対比しても易しいと言えるでしょう。

では、設問はどうでしょうか。
字数制限のない記述問題が5問と少しハードルが上がります。
うち1問は、情景と行動から筆者の心情を導き出し、文章全体の論旨を踏まえて記述する、という心情描写力+要約力を必要とする問題です。
残り4問の記述のうち3問は、傍線部とは「どういうことか」という問題です。
つまり、設問にある傍線部の文章をはじめて見た人が分かる具体性と本文に照らし合わせた内容に置き換える、という問題です。

普段の学習のときに、傍線部の言葉をひとつひとつ丁寧に本文中の言葉で置き換え、論旨に沿った文章に作りかえる作業に抵抗を持たない生徒が確実に有利になります。

問題文を見ていると、学校が求める生徒像の一片が見えてきます。
それは、「物事の本質や二面性を見抜く力を持つ生徒」ではないかと思います。
もちろんそれだけではなく、物事を因数分解していき、たどり着いた二面性を解析した上で変遷を予想していく、もしくは解決策を考えていくというのは当然あります。しかし、物事の一面だけを捉えて論じるのではなく、二面からロジックを組み立てていくことが必要なのではないか、と感じる文章です。

また、ハード面ではなく、ソフト面つまり人の心の奥深くに視点を置いた文章からは、思慮深く、血の通った思いやりのある人間に育って欲しいという学校の願いを感じ取れます。
それが、当校の訓えである「恩返し」にもつながっていくのではないでしょうか。

話を元に戻しましょう。

随筆文です。
2024年度随筆文は梯久美子「水俣、石牟礼さんへの旅」でした。
水俣病闘争において、原因となった窒素を擁護するか、批判するかという住民と患者の分断において、患者側の立場に立って闘った石牟礼の足跡をたどったものです。
随筆文からも、「人と人のつながり」というものについて深く考えて欲しいという学校のメッセージが見えてきます。

設問分析にいきましょう。

問題は6問。1問を除きすべて「どういうことか」を記述する問題です。
記述問題において、「どういうことか説明しなさい」というものは多くの受験生が苦手とし、嫌がる形式の問題です。下書きをして文体を整え、矛盾のないものに仕上げる作業が、受験生にとってどれだけの負担を強いるか、想像に難くありません。

でも、だからこそ記述問題にはきちんと着手すべきです。

記述問題を解くときの手順は複雑ですが、一本道です。その手順を覚え、求められているであろう言葉を入れるスキルは練習をすれば必ず手に入ります。
修英塾の100字要約もその一端を担うものです。まずは記述にきちんと向き合うことです。
修英塾は、オンラインの生徒も対面の生徒も等しく記述対策をしており、その体制が整っております。

書かせて添削し、再度書かせて添削、ではなくまずは書く手順を実際にやってみせます。
小手先のテクニックと言われようが、これができるとできないでは伝える力に天と地ほどの差があります。
また、当然ながら受験での答案作成力にも大きな差ができます。
そして、なによりも記述は中学受験、高校受験、大学受験が終わった後も、ずっと必要なものなのです。

資格試験などが最たる例ですが、それ以外にも人前でのプレゼンテーション、会社内での企画、申請など使用する場面は数知れずです。
最近よく見かけるインスタグラムやX、Meta(フェイスブック)は誰しもが発信者になれる気軽さがあります。しかし、その中身を見ると非常に稚拙な文章や論理関係が破綻しているもの、そもそも言葉の使い方が間違っているものなど信用を失いかねないものが多くネット上に上がっています。

いつの時代でも、記述力というものはより大切にされなければならないのではないか、修英塾はそう考えます。

人生において、読解力と記述力があれば、せまりくる世間の荒波にも負けず、自分の道を切り開き、豊かな人生を歩めるというのが修英塾の信念です。