要約力は読解力の礎

国語学習における要約の重要性については、多くの方が様々なメディアで語っており、今更大きく取り上げるものではないのかもしれません。
したがって今回は、入試のプロの目線でなぜ要約が良いかをお伝えしたいと思います。

「要約力が必要な理由」はとてもたくさんあります。
ですが、今回は入試に関わる部分において以下の3つを取り上げたいと思います。
①入試問題でも要約は出るから
②分からなかった授業が分かるようになるから
③頭の中がカオスから整理されてくるから

①入試問題でも要約は出るから

実は入試問題の論説文、評論文、説明文、随筆文で必ず出題される問題があります。
それは、「筆者の主張は何か」というものです。
主張こそが要約の骨格なのです。

どういうことなのかご説明しましょう。
要約文は(400字など極端に長いものを除いて)主に筆者の主張をピックアップし、それらをまとめたものになるということです。
文章には、随所に筆者の主張が散りばめられています。
それは当然、筆者が言いたいことを読者に伝えたいからです。

例えば、論説文を例にします。
筆者の主張(類比・対比・抽象化)を読者や聞く人に伝えるものが論説文ですが、ただ主張を言っても面白くないし、根拠がないため説得力に欠けます。
そこで、主張に説得力を持たせる肉付けをする作業が必要になります。
それが、「例示」「事実(エビデンス)」「比喩」などです。これらを加えて読者や聞く人に納得をしてもらい、主張を伝えるのが論説文の重要な存在意義になります。
ですから、例示をした後、事実を述べた後、比喩で分かりやすく伝えた後それぞれに、主張は置かれます。
何度も形を変えながら、でも本質的には同じことを言い続けるのです。

例えば、即席論説文で「旅の良さ」を伝える文章を作ったとしましょう。
こんな感じです。

私は、「旅」は素晴らしいものだと思っている。
若い頃、中国に旅したことがある。右も左も分からない私に対し、普通ならば「騙してやろう」と近づいてくる人がいてもおかしくない。しかし、その人は違った。私が買い物をしようとしたときに、「それは高すぎる。買うなら、これくらいに値切りなさい。」と片言の中国語しか話せない私に変わって値段交渉をしてくれ、観光案内までしてくれた親切な人がいた。何も見返りを求めずに。
なぜそんなに親切にしてくれるのか、と聞いたら、自分も若い頃日本でとても親身になってくれた人がいて、とても感動したのだ、とのことだった。
こんな人もいるんだ、と若い私は感激したものだ。
以来、この国にとてもよい印象を持っている。

この価値観は「旅」をしないと身につかない。「旅」は価値観を持たせてくれるのだ。

また、ある高校で、1年間好きに使ってよい時間があったら、何をしたい?というアンケートをしたところ、実に3割の生徒が「旅」をしたいと答えたのだ。

「旅」が自分の殻を打ち破る何かをもっていることを皆、感じているのだ。
つまり、「旅」は自分を成長させてくれるのだ。

・・・

さて、これが論説文の典型的な型になります。太字は主張になります。
この文章は、主張から始まり、具体例→再び主張→事実→再び主張→・・・という具体→抽象の流れを持つ論説文です。
このように構造上、論説文には必ず主張が何度も出てくる必然性があります。
要約は、その主張を抽出し、まとめる作業のことなのです。

つまり、主張を見つけること自体が要約作業の一部なのです。
要約をするためには当然主張をきちんと見つける必要があります。
言い方をかえれば、要約ができるならば主張を見つけることもできる、ということなのです。

話を戻しましょう。
だいたいの入試問題では、筆者の主張は最後のあたりにくることが多いでしょう。でも、それだけではないのです。
実は、途中の設問でも主張に関する問題はあることが多いのです。
要約ができれば、主張を見つけることもでき、主張を見つけることができれば、主張を問う設問にも答えられる、というのが「要約力をつけると国語の成績は伸びる」所以です。

②分からなかった授業が分かるようになるから

要約ができることと主張がわかることはイコールということをお伝えしましたね。
もう一つ、重要なことがあります。
それは、主張をつかむことができれば文章題のみならず、授業を聞いていても要点がきちんと掴める、ということです。
いや、本来授業は要点がちゃんと分かるものであるべきだ、というご意見、ごもっともです。
しかし、そうでない授業が多いのも事実です。
このときに、要点が掴めるかそうでないかで家庭学習の質が変わります。
家庭学習の質が悪ければ、成績も伸びませんし、本人は「やってもやっても身につかない・・・」とやる気を失いますよね。
授業が分かるようになる、というのは学習においてとても重要なことなのです。

また、一部の私立中学に通う子や高校生にもなれば、予習することが当たり前になります。
そのとき、教科書を読んで理解できないとすればどうでしょうか。
予習ができず、学習がはかどりません。

教科書って理解できないの??そんなことってある??

あるんです。
教科書は必要最低限の言葉で(つまり言いたいことのみで)構成されています。
なんの装飾もないので、読む力がないと理解ができないのです。
そこは、新井紀子先生の「AI vs 教科書が読めない子どもたち」で詳しく書かれています。とても刺激的で将来を憂いるに十分な材料が盛り込まれた文章です。ぜひ一度読まれることをお勧めします。

反対に要点が掴める力があれば、教科書を読んできちんと理解ができます。
新井先生の高著にもある通りこの差は年齢が上がるにつれ明確な差となって模試などの結果にあらわれてくるのです。

③頭の中がカオスから整理されてくるから


国語が苦手な子どもの大きな特徴をひとつ述べるとすると、「頭の中がカオス」であることが挙げられます。

「カオス」とは何か。
「論理エンジン」で御高名な出口汪先生もおっしゃっています。
カオスとは脳の状態で、情報が整理されていない状態をいいます。
国語が苦手な子どもは頭の中がカオスであり、明確な論理の道筋がないため、物事をすべて感覚で捉えがちです。したがって、「AだからB、BだからC」という明確な言葉によるロジックが組めないのです。
昨今SNS上である争いごとにも、カオスの脳状態でカオスな文章を書き、読む側もロジックがないためカオス状態で読み、「きちんと主張を書けない」側と「きちんと読み取れない」側の齟齬につぐ齟齬が繰り返されているように思います。

しかし、文章を主張をもとに構造的に捉えられると、頭の中にあるカオスが整理されていきます。
感覚ではなく、言語によってすべてのことが表されてきます。この状態を「明晰」といいます。
これは、すべてのことがきちんと言語化され、論理的に組まれている状態です。
こうなると、例えば選択肢がなくとも正解を記述できる力が身に付くのです。

要約ができることは、文章を主張をもとに構造的に捉えられる、ということにつながり、それによって脳が「明晰」状態へとつながっていくのです。

さて、今回は要約についてお伝えをしました。
そしてその要約の手順を見える化し、分かりやすく練習できるメソッドが修英塾にはあります。
体験授業でその一部をご紹介いたします。